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2010年3月 4日 (木)

『ICHI』の綾瀬はるかと『はなれ瞽女おりん』の岩下志麻

『ICHI』の綾瀬はるかと『はなれ瞽女おりん』の岩下志麻
『はなれ瞽女おりん』

この作品は篠田正浩監督が
夫人である女優・岩下志麻と組み、
多くの映画賞で主演女優賞を
受賞した名作である。
この映画の中では
北国の雪景色や海風が
寒々しく映し出されていて、
この時期見るにはぴったりなのである。
それにしてもこの作品の導入部分は
少し『砂の器』の路線を狙ったのか、
幼少期のおりんを連れ歩くシーンなどはそっくりだった。

そして、北陸訛りのおりんのナレーションが
自然にじわじわと入ってくるのがまた温かく感じさせる。
それにしても、今の女優にはない、
凛とした強さと確固たる華やかさを岩下志麻が併せ持つ。
『極道の妻たち』しか知らない同世代には、
この頃の岩下さんの熱演の数々はぜひ見て欲しい。
この映画では盲目の旅芸人の役ですから、
ずっと眼を瞑ったままの演技ということで大変だったと思う。
眼は結構感情を表現しやすいパーツだと思うが、
それを奪われての芝居となると、
どうしてものっぺらぼうのように見えてしまう。
そこを見事に演じてくださったのです。素晴らしい。

またこの回想シーンに登場する瞽女屋敷の主人役で、
奈良岡朋子が圧倒的な存在感で登場する。
包容力のある母親のような優しさと、
掟を貫く鉄のような厳しさを見事に表現してくれる。
そして何よりも、眼の見えない代わりに、
その研ぎ澄まされた聴力で全てを聞き分けるすごさ。
あまりに恐ろしいものがあり、身震いするものがあった。
しーっと見えない世界に何があるかをたどるような。
何よりも警察と憲兵がおりん(岩下志麻)の消息を尋ね、
瞽女屋敷を訪ねてきたときに、
その名前を久しぶりに聞いたときの半開きの白眼。
懐かしい響きに心揺れる様子が伺え、素晴らしかった。

それと、今では重厚感のある存在感の原田芳雄。
この頃はさすがに若いこともあって、
ギラギラした野性味あふれるワイルドな存在感を見せる。
『竜馬暗殺』や『どついたるねん』、『浪人街』など、
原田芳雄はとにかくギラギラと生命力の塊のような俳優だった。
今は渋い味わいのある俳優になったが、
そんなもんじゃなかった頃の元気な原田芳雄を
これもまたひとつ楽しめるのだ。

まずこの映画では映像美が素晴らしい。
日本の自然をひとつひとつ丁寧に切り取り、
春の訪れを示すつくしやわらびがワンカット差し込まれる。
日本映画界を支えたカメラマン、宮川一夫の力量。
さすがという他ない。遺言とまで言った覚悟の作品だったそうな。
また水の流れが生きていく女の定めを感じさせ、
それが永遠に続くことを物語っているようでもある。
そして、それは仏教の世界のような神秘的な空気を漂わせ、
武満 徹の音楽がまたしっとりと優しく、
そして、夢幻の装いを極めてゆくのである。
岩下志麻の美貌と共に、
どこかへ連れてゆかれるような気持ちになる。
魅惑的な世界が広がってゆくのである。


さて、物語は少女時代からの生い立ちを語る。
それと交錯するように平太郎(原田芳雄)の生い立ちも描かれる。
男に引かれたおりん(岩下志麻)と
寂しい少年時代を生きた平太郎は
世にあてなく、さまよい歩く者同士ということである。
だが、この平太郎はおりんを引き込むことはしなかった。
瞽女(ごぜ)とは盲目の女旅芸人のことで、
ひとつの掟として男と関係を持ってはならないという決まりがあった。
男の手に引き込まれた瞽女は落ちてしまい、
小屋から追い出され、「はなれ瞽女」として、
孤独にさまよい歩いて旅して生きるしかないのであった。
知名度をあげ始めていた西田敏行が夜這いする場面などは
どうしても、少し滑稽に思えてしまう。
というか、なおさらにも上島竜兵に似ている。


主演の岩下志麻は首筋にとてつもない色気を溜め込み、
三味線片手に歌い奏でるさまは素晴らしく、
男女の仲になることを拒む平太郎に縋りつく場面は
逆にとっても可愛らしくも思えるのである。
縁日の露店で平太郎と下駄を売っていたところ、
無断で店を出していたために平太郎が連行される。
その間に鬼の眼を盗むようにして、
薬売りの別所(安部 徹)に松林で犯される。
眼の見えないことを良いことに、
おりんの肉体を蝕もうとする男ばかりが寄りつく。
それほどに美しいものがあるのは見ていて明らかなのだが、
醜悪な男たちの欲望に巻き込まれながらも、
健気に生きていくヒロイン像をうまく演じていた。


平太郎(原田芳雄)は別所(安部 徹)を殺害していた。
おりんを手篭めにした男がどうしても許せなかったのである。
そんな折、長岡から落ちたお玉(樹木希林)と出会い、
二人旅が始まるのだが、さすが樹木希林である。
首を少し斜めに傾けて、とことこ歩くさまなどは実にうまい。
殺人事件の犯人を追う警察や憲兵がその後を追う。
ここで平太郎が脱走兵であることが判明するのであるが、
ここで登場する憲兵・袴田を演じているのが小林 薫。
当時はまだ新人俳優の小林 薫である。
まあ、若い・・・声質も今のような柔らかさがなくて、
どこか鋭さを感じさせるものがあった。
憲兵という役柄もあるだろうが、頬から顎にかけて痩せていて、突き刺すような面持ちである。
あの柔和な存在感は垣間見えない。


旅歩くはなれ瞽女の元に、盲目の少女と老婆が
この少女を引き取って欲しいと願いにくるのだが、
瞽女屋敷にいる者ではないので、
そのようなことはできないと断るのだが、
ここで行き場をなくした少女と老婆は
崖から飛び降りて自ら命を絶ってしまうのである。
何とも残酷というか、哀しい結末が
眼の見えないおりんとおたまに知らされる。
二人はあまりに辛い現実に涙しながら、
岬の果てから手を合わせて、運命を呪う。
その雪に吹かれて手を合わせる姿、
切り取られていく日本の四季はどうしても『砂の器』を思わせてならなかった。
あの親子の巡礼者に似ていたのである。


時は流れ、二人は長野県善光寺にたどり着く。
「おりん!」と呼ぶその男の声はまさに平太郎の声。
二人の再会を見届けたおたま(樹木希林)は
何とも言えぬ寂しさを漂わせた表情で、
幸せになってくれやと残して去っていく。
ようやくおりん(岩下志麻)の気持ちを受け止めた、
平太郎(原田芳雄)は再び二人で旅を始める。
そうして、福井県小浜にたどり着いた二人だったが、
とうとう触れ回された人相書きによって、
平太郎は逮捕され、おりんも袴田の厳しい尋問を受ける。


この尋問の中で盲目なことを良いことに、
屁理屈みたいなことをつらつら言ってのけるおりんだが、
その後に続いたセリフが良かった。
眼が見えないからあんさまを見たことはない。
けれども、その心にはっきりと映っているものがあった。
「おらが見たのはあんさまの心でごぜえます」
このセリフは胸に響くものがあった。
そして、独房の小窓越しに最後の面会をする。
平太郎(原田芳雄)は母親があることを詫びる。
おりんは自分にも里親として、
育ててくれた親方がいることを明かす。


解放されたおりんは久しぶりに里屋を訪れる。
だが、そには誰もおらず、不気味なことに黒猫が一匹いるだけ。
テルヨ(奈良岡朋子)は先月に亡くなっていたのだった。
武満 徹の不安定な音楽が独特の世界を築く。
本当にどこにも行く宛のなくなったおりん(岩下志麻)は
心を失って襤褸切れをまとってさまよい歩き、
誰も知らないところで死んでしまうのであった。
崖の上の山肌に赤い布が引っかかっていた。
そして、カラスの群れが集まっていた。


これほどにむなしい結末もないだろうが、
水上 勉の原作には描かれていない創作部分となっている。
ある女の一生として最後まできっちりと描き、
それ故に女の辛みや哀しさ、空しさが引き立った。
そして、終始美しく照り映えたその映像は
まさにおりん(岩下志麻)の美しい心そのものであり、
そこに鏡のように映し出された、彼女が見た世界なのであろう。
個人的にはそんな風に思っている。

∇綾瀬はるかさん主演作品「ICHI」が公開された時、真っ先に岩下志麻さん主演の『はなれ瞽女おりん』を思い浮かべました。

ICHIを見終えた時、岩下志麻さんの再来かなって。ゾクッとしたんですよね!評論家達の批評も高く同じ意見があった事覚えてますね。

『はなれ瞽女おりん』を知っている人はわかると思います。一度観て下さい。その後、「ICHI」を見るのも良いかも。

今更ながら、曽利監督の目には敬服致します。

あの若き女優の心の中に秘めた優れた才能開花させたんですから。

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